ブログを書く。自分の気持ちを整理しながら、少しずつ形にしていった

お金のこと
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📚 50代女性の「働き方を変える物語」シリーズ Vol.12
― 「働く」だけに頼らない、私なりの収入づくり ―

2021年の秋、自分のブログを「自分で守る」と決めた

ブログを始めたのは、2021年の秋の頃です。

それまで私は無料のブログを使っていました。

ところが、そのブログが終了することに
なってしまったのです。

有名な会社が運営していたのに、
まさか終了してしまうだなんて!

そのとき、私は強く焦りました。


自分がその時々に感じたり、
考えたりしたことをまとめた

記事が、そこには残っている。


これを失いたくなかったのです。

これまで書いてきた文章を
こんな形で失いたくない・・・!

そこで私は、これからは自分のブログは
自分で管理していこうと決めました。
有料のサーバーを借り、WordPressでブ
ログを続けることにしたのです。

自分で管理するのはちょっと難しそうな感じがしました。

でも、

「まずはやってみなければわからない」

そう思って始めました。

使い方が分からないことが多くても、
自分のブログを持てたとき、

「自分の場所を持てた」


という安心感と嬉しさがありました。

自分が書いたものを、自分で残していける。

その時々で自分が感じたことや
考えたことを、ここに残しておける。

それは、私にとって大きな意味のあることでした。

ブログを書くことは、ただ記事を
投稿するだけではありません。

自分が生きてきた中で感じたことや
考えたことを、自分の場所に残していく。

そんな場所を持てたことが、私は嬉しかったのです。

「書くこと」に覚悟をもった


自分のブログを持てたので、
これからも記事を書いていこう。

そう決めた頃、私は派遣の仕事を
一度辞めました。

でも、それは時間的にも経済的にも差支えが
なくなったからではありません。

仕事を辞めれば、当然収入はなくなります。

生活にはお金が絶対必要ですし、
パートナーにも負担をかけることになります。


いずれは、また派遣の仕事に
戻らなければならない。


それは、自分でも分かっていました。

だから、のんびりと好きなことだけを
していたわけではありません。


「今しかない」


そんな気持ちがありました。

派遣の仕事に戻れば、またあの苦手な
仕事環境や人間関係の中で働くことになります。

その前に、今の自分が書きたいことを
ちゃんと書いておかなくては・・・!

自分がその時々に感じたり、
考えたりしたことを、ちゃんと文章にして
残しておきたい。

そんな思いがありました。

だから私はこの時間を大切にして、自分の書いた
ものを少しずつ形にしていこうと思ったのです。

いつまでこの時間を持てるのかも分かりません。

それでも、


「今できることを
やっておこう」


そう思って、ブログを書き続けました。

「それでもやるしかない」から、ブログと上手に付き合うまで



仕事を辞めてブログを書く時間ができても、
心の中にはいろいろな思いがありました。


「これが私の現状なんだ」


そう思うこともありました。

そして、


「それでも、やるしかない」


そんなふうにも思っていました。

でも、同時に、


「では、いつまで?」


という気持ちもありました。


いつまで今のような生活を続けられるのだろうか・・・。


それは、自分でも分かりませんでした。

そんなふうに、先のことが分からないまま
日々を送っていました。

でも、だからといって、ずっと追い詰められた
ような気持ちでい続けたわけではありません。


いつか、この気持ちもなくなっていくのでは・・・?


そんなふうに感じることもありました。

そして、ブログを書いているうちに、
少しずつブログとの付き合い方も変わってきたのです。

「明日は、こんな感じの記事を書いてみよう」

そう思ったら、書きたいことを少しだけメモしておく。

次の日になったら、そのメモを見ながら書いてみる。

そんなことを繰り返しているうちに、ブログを
書くことが少しずつ自然になっていきました。

最初から、きちんと計画なんて立てていた
わけではありません。

もちろん、経済的な不安は抱えたままです。

その日に書けることを書いて、また次の日に考える。

そんなふうに、自分のペースでブログを続けて
いくようになったのです。

ちょっとずつだけど、ブログは
「頑張って続けるもの」ではなく、
私の生活の中にあるものになっていました。

ブログを書くと、自分の気持ちを整理できた


私にとって、ブログを書くことは、ただ単に
文章を残すことだけではありませんでした。

自分の気持ちを整理できる時間でもあったのです。

そのとき自分は何を感じていたのだろうか?

何をどんなふうに考えているのだろうか?

キーボードに向かって、
自分の中にあるものを言葉にしていく。

すると、書きながら少しずつ自分の気持ちが
整理されていくのです。

そして、書き終わったあとに振り返ってみると、


「私、本当はこんなことを思っていたんだ!」


と、自分の本心に気が付くことがありました。

書くことは、自分自身と向き合うことでもあったのです。

だから私は、文章を書くことが上手だったから
ブログを続けていたというわけではありません。

自分が感じたことや考えたことを、
自分なりの言葉にしていく。

そのことが面白かったし、書くことで
自分自身のことが少しずつ分かっていく。

そんな時間が、私には必要だったのだと思います。

更年期の心と体について、自分の経験を書いた


今でも続いている、更年期の不調。

私の場合、ホットフラッシュや不眠、
変な時間で目が覚めて眠れなくなったりしました。

たくさん食べているわけでもないのに
太りやすくなったり、筋力が落ちてしまったり・・・。

あんなによかった視力なのに老眼もきてしまいました。

自分の体なのに、思うようにならない。

そんなことを感じることが増えてきたのです。

だからこそ、


「同じようなことで
悩んでいる人に伝えたい」


と思って、自分の経験を書くようになりました。

ストレッチや軽い筋トレ、ツボ押しや散歩など、
自分でやってみてよかったこと。

「私はこんなふうにしたら、いい感じでした」

という気持ちで、

「こういう方法もあるので、
もしよかったら試してみてください」

と紹介しました

もちろん、それがすべての人に合うとは
思っていませんでした。

でも、実際に「やってみます」と言ってくれる人もいたのです。

そのとき、

「自分が経験したことでも、誰かに伝えられるんだ」

と思いました。

自分にとっては、今も続いている更年期の不調です。

でも、そのことを書いたことで、
似たような感じ方をしている誰かの役に立つことがある。

そのことを知ったのです。

文章はきっと私の資産になる



ブログを書いていると、少しずつ記事が増えていきます。

一つの記事を書いたら、それで終わり。

また次の記事を書いたら、その記事も残っていく。

そんなことを繰り返しているうちに、
書いたものが少しずつ積み重なっていきました。

私は、文章を書くことを特別な才能だなんて
思っていませんでした。

別に文章を書くのが上手なわけでもありません。

ただ、自分が感じたことや考えたことを、
自分なりの言葉にしていく。

「この言い方のほうが、自分の気持ちに近いかな」

「こっちの表現のほうが伝わるかな」

そんなことを考えながら、いろいろな表現を試していく。

それが、だんだん面白くなっていったのです。

うまく書けたかどうかよりも、

「自分が感じたことを、
自分の言葉にできた」


と思えることが楽しかったのだと思います。

そして、あるときふと思いました。

「文章はきっと私の資産になる」


ここでいう「資産」とは、お金になるもの
という意味だけではありません。

自分が書いたものが、そこに残っていく。

そのとき感じたことや考えたことも、
文章として残っていく。

一つひとつは拙い文章でも、
それが積み重なっていけば、
自分がこれまで歩いてきたものの
一部になっていく。

そう考えると、書くことは無駄ではない
と思えるようになったのです。

もちろん、この文章たちがこれから
どんなふうに人の目に触れていくのかは
分かりませんでした。

ただ、

「今日書いたものも、
きっとどこかにつながっていく」


そんなふうに思えることが、少しうれしかったのです。

自分のために書いた記事が、思いがけず読まれていた


ブログを書いていると、
思いがけないこともありました。

あるとき、自分のために書いた
少し重い内容の記事がありました。

誰かに読んでもらおうと思って
書いたわけではありません。

そのときの自分が心の中で、ドロドロ感じていた
ことや考えていたことを、自分の心の中だけに
留めておくだけではなく、文章にして残して
おきたかったのです。

ただ、それだけだったと思います。

ところが、あとからその記事を見てみますと、
思っていた以上に読まれていることが分かったのです。

「えっ、なんでこの記事だけ???」

正直、そう思いました。

ほかの記事と比べても、特に目立つような
記事ではなかったのです。

もしかしたら、誰かが紹介してくれたのかもしれない。

どこかで記事を見つけて、読んでくれたのかもしれない。

でも、私にはその理由までは分かりませんでした。

ただ一つ分かったのは、

「自分が書いたものが、
自分の知らないところに届いている」


ということでした。

自分のために書いた文章でも、
誰かの目に触れることがある。

自分では「こんなことを書いても、
誰が読むんだろう?」と思っていた文章でも、
読んでくれる人がいる。

そのことが、少し不思議でした。

そして同時に、

「文章って、自分が思っている
よりも遠くまで届くことがあるんだ」


と思いました。

このときは、まだそれが何を意味するのか、
よく分かっていませんでした。

ただ、自分の知らないところで、
自分が書いた文章を読んでくれている人がいる。

そのことを知っただけでも、
ブログを書くことへの気持ちが少し変わったのです。

🍀理恵子さん語録

「自分が書いたものが、自分の知らないところに届いている」

ブログを通して、知らない世界の人ともつながった


ブログを書いていると、
文章を読んでもらうだけではなく、
いろいろな人と交流することもありました。

SNSやブログのコミュニティなどを通して、
コメントをもらったり、こちらからコメントをしたり。

最初は、まさか自分がこんなふうに
知らない人と交流するようになるとは
思ってもみませんでした。

中には、私がこれまで知らなかった世界で
活動している人もいました。

たとえば、ある時裸体モデルを職業とされて
いる方とコメントでのやりとりをすることがありました。

いくらオンライン上だけのやりとりとはいえ、
自分の普段の生活だけしか見ていなかったら、
きっと一生出会うことのなかった人だと思います。

その方とのやりとりの中で、

「自分の周りで成功してる
人たちは楽しさを追求して
生きてます。」


ということを教えてくれました。

「世の中には、自分が知らない世界が
いろいろあるんだなあ。」

と感じさせられたのです。

自分とは違う世界で生きている人の話を
聞いたり、その考え方に触れたりする。

すると、それまで自分の中にはなかった
ものの見方を知ることができます。

ブログを始める前の私は、ブログというものを
「自分が書いたものを発信する場所」
くらいにしか考えていなかったのかもしれません。

でも、実際にやってみるとそれだけではありませんでした。

自分が文章を書いて発信する。

そして、その文章をきっかけに誰かとつながる。

そこから、自分が今まで知らなかった人や、
知らなかった世界を知ることができる。

ブログは、私にとって
「発信するだけ」の場所ではなかったのです。

知らない世界と出会える場所でもあったのだと思います。

過去の記事を読み返して、自分の変化に気づいた



ブログを書き続けていますと、
以前に書いた記事を読み返すことがあります。

そんなとき、

「自分は当時、こんなことを考えていたんだ」

と思うことがあります。

そのときは、それが自分にとって当たり前だった。

そのとき感じていたことや悩んでいたことも、
文章の中にそのまま残っています。

でも、時間が経ってから読み返してみますと、

「今の自分とは、少し違うな」

と感じることもあります。

同じ出来事でも、今だったらちょっと違うと思えたり。

以前は悩んでいたことが、いつの間にか
気にならなくなっていることもあったりします。

あの頃は気づいていなかったことに、
あとから気づくこともありました。

そうやって過去の記事を読み返してみますと、
自分の心も少しずつ変化してきたんだなと感じます。

そして、自分ではあまり意識していなかったけれど、
少しずつ成長していたのかもしれない。

ブログには、そのときの自分の気持ちや思うこと、
考えたことが残っています。

だから、過去の記事を読み返すことは、
過去の自分に会いにいくような感じもありました。

「あのときは、こんなことを考えていたんだ」

「こんなことで悩んでいたんだ」

そう思いながら読み返すと、
今まで気づかなかった自分の心の変化が見えてきます。

ブログは、ただ記事を発信する場所ではなかったのです。

自分がそのとき何を感じ、何を考えていたのか。

その一つひとつを残しておく場所でもあったのです。

そう考えると、ブログは私にとって
自分が歩いてきた道を残しておく場所にも
なっていたのだと思います。

「書きたくない日」も、自分を知るきっかけになった


ブログを書き続けていると、どうしても
「今日は書きたくないな」と気が向かない
日もあります。

心が疲れているときは、キーボードに
向かっても、なかなか言葉が出てきません。

最初は、

「どうして今日は書きたくないんだろう?」

と思いました。

ブログを書くことが嫌になったのかな。

もう書くことがなくなったのかな。

そんなふうに考えたこともありました。

でも、よく考えてみるとそうではなかったのです。

私は、どこにも出かけず、ただ家でブログを
書いているだけの毎日になっていました。

書くことに集中するあまり、
自分の生活そのものを楽しむことを後回しに
していたのです。

そこで、あるとき気分転換にカフェへ出かけました。

家を出て、カフェでゆっくり過ごす。

窓から見える景色を眺めながら、大きく深呼吸。
ひたすらぼんやりする。

それだけでも、少し気持ちに元気が出てきたのです。

「こういう時間も大事なんだ」


と思えたのです。

そのときは、フリマで得た小さなお金を使って、
ちょっぴり嬉しく楽しい時間を過ごしました。

別に大きなことをしたわけではありません。

でも、会社に頼らず
自分で稼いだお金で、
自分のために少し楽しむ。


そんなことが、思っていた以上に
うれしかったのです。

さらにうれしいことに、その日に感じたことや
過ごした時間も、あとからブログの記事になりました。

別に記事を書くために外へ出たわけではありません。

ただ、自分が少しゆっくり楽しむために出かけただけ。

でも、その経験がまた次の文章へとつながっていったのです。

そのとき私は、

「ブログを書くことも大切だけれど、
ブログを書くための自分の気分転換も
もっと大切だな」

と感じました。

ずっとパソコンの前に座っているだけでは、
書きたいことも少なくなってしまう。

外へ出たり、景色を見たり、
何かを楽しんだりする。

そんな普通の生活の中にも、
書くことにつながるものがある。

「書きたくない日」があったからこそ、
私は自分が少し疲れていることにも
気づくことができました。

そして、自分自身を楽しませることも、
ブログを書くことと同じくらい
大切なことなのだと改めて思ったのです。

「たった1円。でも、私には意味のあることだった」


ブログを書き続けていると、あるとき、
初めてブログから収入がありました。

いくらだったと思いますか?

それは・・・


1円・・・。


「えっ、たった1円?」


金額だけを見れば、本当にちっぽけな金額です。

でも、私にとっては、その1円には
大きな意味がありました。

それまで私は、働いてお金をもらうということは、
会社などに雇われて、その仕事をして、
その対価として給料をもらうことだと思っていました。

でも、その1円は違いました。

会社からもらったお金ではありません。

自分が書いたブログを通して、
自分自身で得た1円だったのです。

もちろん、1円で何かが大きく変わるわけではありません。

生活が楽になるわけでもありません。

それでも、

「自分でお金を
生み出すことができた」


ということが、私にはとても新鮮でした。

たった1円・・・。

でも、私にとっては、今まで知らなかった
可能性を感じさせてくれる1円だったのです。

そして、

「会社で働いて給料を
もらう以外にも、自分で収入を
作る方法があるかもしれない」


そんなふうに思えるようになりました。

そのときは、まだ何か具体的な方法が
分かっていたわけではありません。

これからどうなるのかも
さっぱり分かりませんでした。

ただ、

「もしかしたら、私にも
何かできるのかもしれない」


そう思えたことが、とてもうれしかったのです。

今思えば、私にとってその1円は、
単なる1円ではありませんでした。

自分が書いた記事を読んでもらったことで、
そこから初めてお金につながった。

その小さな出来事が、

「自分の力でも何かを生み出せるかもしれない」

と思うきっかけになったのです。


🍀理恵子さん語録

「たった1円。でも、私にとっては、今まで知らなかった可能性を感じさせてくれる1円だった」

お金は、自分自身を大切にするためのもの


ブログを始めた一番の目的は、
最初からお金を得ることではありませんでした。

自分の文章を残したかった。

自分の気持ちを整理したかった。

そして、自分自身と向き合いたかった。

そんな思いから、私はブログを書き始めました。

書いているうちに、いろいろな人と出会ったり、
自分の知らなかった世界を知ったり、
過去の自分の気持ちに気づいたりしました。

そして、初めて1円の収入があったことで、

「自分でお金を生み出すこともできるんだ」

ということも知りました。

でも、ここで改めて思ったことがあります。

私は、お金そのものがあるだけで幸せだと
思っているわけではありません。

私が幸せだと感じるのは、
1円にもならないようなことを
楽しんでいる時間だったりします。

家事をしている時間。

アクセサリーを作っている時間。

コーヒーを飲みながら、ほっとする時間。

イベントに出かける時間。

歴史や芸術に触れる時間。

楽器を楽しむ時間。

そういう、一見するとお金にはならないような
ことの中にも、私にとって大切なものがたくさんあります。

だからこそ、そういう時間を大切にしていく
ためにも、生活を支えるお金は必要なのだと
思うようになりました。

お金があるから幸せなのではなくて、


自分が大切にしたいことを
大切にするために、お金が
必要なこともある。


そんなふうに考えるようになったのです。

ブログを書き始めたことで、
私はお金についての考え方も少し変わりました。

お金は、ただ生活のためだけに必要なもの
というわけではない。

自分の時間を守ったり、自分の好きなことを
楽しんだり、自分らしく暮らしたりするためにも
必要なものなのだと思います。

だから私は、

「お金は、自分自身を
大切にするための大事な
ものなんだ」


と感じるようになりました。

ブログを書いて、文章を残す。

自分の気持ちを整理する。

自分自身と向き合う。

そして、自分が大切にしたいものを
大切にしながら暮らしていく。

そのためにも、お金について考えることは
大切なのだと思います。

ブログを始めたときには、こんなことを
深く考えるところまで、行きついていませんでした。

ただ、自分の気持ちを書きたかった。

自分のために文章を残したかった。

それだけだったのです。

でも、書き続けてきたことで、少しずつ
自分のことが見えてくるようになりました。

そして、

「これからも、自分自身のためにも続けたい」

と思うようになったのです。


🍀理恵子さん語録

「お金は、自分自身を大切にするための大事なものなんだ」

次のVol.13では

次は、その次に取り組んだ
「フリマ」について書いてみたいと思います。

なぜフリマを始めたのか。
実際にやってみてどんな感じだったのか。
どんなものを販売したのか。
購入者とのトラブルは大丈夫なのか。
どんな工夫をしたのか。

ブログと同じで実際にやってみて
びっくりしたり、やったからこそ
分かった私自身の経験を書いていきます。


📚「50代女性の働き方を変える物語」シリーズ

Vol.1 50代女性が「もう働きたくない」と思った理由

Vol.2 派遣を辞めたいと思った私が、短期派遣という働き方を選んだ理由

Vol.3 60歳までに派遣を卒業したい私が今準備していること

Vol.4 50代女性が「疲れない働き方」を選ぶようになった理由【働き方を見直した私の体験】

Vol.5 50代になって「6~7割できれば上出来」と思えるようになった私

Vol.6 50代になって「できない自分」を受け入れたら心が軽くなった

Vol.7 50代になって「人と比べること」をやめたら心が穏やかになった 

Vol.8 50代女性が派遣だけに頼らず、小さな収入を育てようと思った理由

Vol.9 50代になって「自分のペース」で生きられるようになった

Vol.10 60代を笑顔で迎えるために50代の私が続けてきたこと

Vol.11「もう無理をしない」と決めた私が始めた、4つの小さな収入づくり


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